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リンプ・ビズキット( Limp Bizkit )



アルバムリスト
歌手の紹介


リンプ・ビズキット(Limp Bizkit)は、アメリカ合衆国のニュー・メタルバンド。

来歴

1994年 - ヴォーカリストのフレッド・ダースト(Fred Durst)と友人のベーシスト、サム・リヴァース(Sam Rivers)がフロリダ州ジャクソンビルにて結成。後にリヴァースの従兄弟でドラマーのジョン・オットー(John Otto)、さらにギタリストのウェス・ボーランド(Wes Borland)、ハウス・オブ・ペインのサウンド・クリエイター、DJ リーサル(DJ Lethal)を加えてデビュー時のラインナップとなる。

ジャクソンビルにライヴに来ていたコーンのメンバーに、入れ墨を彫りに来たダーストがデモを渡し、それがきっかけでデビューすることになったというのは有名な逸話だが、これは誤り。実際は、フレッドがいつの間にかコーンのツアーバスにリンプのデモテープを放り込み、そのデモを気に入ったメンバーがパーティーに呼び、デビューが決まった。そこで酔ったフレッドがコーンのギタリストの背中にタトゥーを彫ったという。KoЯnと彫ったつもりが酔っていたせいでKeЯnと綴りを間違えた。

1997年 - デビュー・アルバム『スリー・ダラー・ビル、ヤ・オール$』(Three Dollar Bill, Yall$)に収録された、ジョージ・マイケルのカヴァー「フェイス」のミュージック・ビデオがMTVでヘヴィー・ローテーションされたことで人気が爆発。アルバムは、全米で200万枚を超えるセールスを記録。

1999年 - 2作目のアルバム『シグニフィカント・アザー』(Significant Other)発売。全米初登場1位。全米で700万枚を超えるセールスを記録。

2000年 - 3作目のアルバム『チョコレート・スターフィッシュ・アンド・ザ・ホットドッグ・フレイヴァード・ウォーター』(Chocolate Starfish And The Hot Dog Flavored Water)発売。全米初登場1位。ロック・アルバムの初動売り上げ記録を更新。累計1200万枚を越す大ヒットを記録。

2001年 - 音楽性の違いから、ギタリストで楽曲制作の中心者でもあったウェスが脱退。後任として、元スノットのマイク・スミスを据えて活動を続ける。過去楽曲のリミックス・アルバム、ニュー・オールド・ソングス(New Old Songs)を発売。

2003年 - 4作目のアルバム『リゾルツ・メイ・ヴァリー』(Results May Vary)発売。全米初登場3位。リンプらしくないと批判を浴びる。一部のライヴでは観客からブーイングが巻き起こる。このアルバムのみバンドロゴをlimpbizkitとしている。

2004年 - 公式サイトにて、ウェスの復帰が伝えられる。

2005年 - ノンプロモーションで5枚目のアルバムとなる『「真実への逃避」〜ジ・アンクエスチョナブル・トゥルース (第一幕)』(The Unquestionable Truth (Part 1))を発表。全米初登場24位。さらに、初のベスト・アルバム『グレイテスト・ヒッツ』(Greatest Hitz)とビデオ集『グレイテスト・ヴィデオズ』(Greatest Videoz)を発売。

2006年 - ウェスが再脱退。それにともないバンド活動を一時休止。

2008年 - バンド復活ツアーと活動再開を発表。ツアーギタリストにはエヴァネッセンスのテリー・バルサモが同行した。余談だが、テリーはウェスがバンドに加わる以前の1995年に、一時的にバンドメンバーとして加わっていた。

2009年 - Download Festivalのオーガナイザーが、「ウェス・ボーランドはLimp Bizkitに戻ったのか?」という質問に対し、「Yes、100パーセント。」というコメントをしている。
ウェスの復帰が正式に発表され、同年、'Rock Am Ring'や'Rock Im Park'などでライヴ活動を再開。SUMMER SONIC 09にも出演。

2011年 - ウェス完全復帰のもと、完全新作の6枚目のスタジオ・アルバム、『ゴールド・コブラ』(Gold Cobra)を発売。全米初登場16位。しかし、バンドはこのアルバムを最後にインタースコープ・レコードを離脱。10月には、ヘヴィメタル・フェスティバルLOUD PARK11に参加のため来日。

2012年 - 新たにキャッシュ・マネー・レコードと契約を交わす。ところが、フレッドとジョン、DJ リーサルとの間でドラッグ・アルコールをめぐる問題で口論となり、DJ リーサルが急遽脱退してしまう。一度は復帰したいことをほのめかしていたが、結局バンドから解雇された。

メンバー

フレッド・ダースト(Fred Durst、1970年8月20日 - ):ボーカル

元タトゥデザイナーで、海軍に在籍していたこともある。インタースコープ社の副社長で、自身のレーベル「フローレス・レコード」の経営者でもある。バンドのビデオの殆どで監督を務めている。恋人との性行為を納めたビデオが流出してしまった。赤い野球帽がトレードマーク。

ウェス・ボーランド(Wes Borland、1975年2月7日 - ):ギター

独特のギター・リフと奇抜なメイクで観客を熱狂させる、ニューメタル界屈指のギタリスト。結成当初からのメンバーだが、2001年に脱退し、2004年に復帰。2006年に再脱退し(ブラック・ライト・バーンズへ加入)、2009年に再び復帰した。フロント・マンを務めるBig Dumb Face、Eat The Day、Black Light Burnsやマリリン・マンソンで活動していた。2008年3月30日に東京ドームで行われたX JAPANの復活ライブ「攻撃再開 2008 I.V.〜破滅に向かって〜」に、ガンズ・アンド・ローゼスのリチャード・フォータスと共にゲスト出演した。大のウサギ好きで、常にペットとして生活を友にするほどである。趣味で油絵も描き、いくつかの作品のジャケットアートを手掛けている。

サム・リヴァース(Sam Rivers、1977年9月2日 - ):ベース

フレッドの旧友。スキンヘッドがトレードマーク。元妻はプロレス団体・WWEのオーナー、ビンス・マクマホンの次女。その縁もあってか、団体最大の興行レッスルマニアのテーマ曲を過去に2度務め、ライヴも行っている。

ジョン・オットー(John Otto、1977年3月22日 - ):ドラムス

リヴァースの従兄弟で元ジャズ・ドラマー。「真実への逃避」にはドラッグ問題により1曲のみの参加となっており、彼が解雇されている映像が収録されている。現在は完治し、バンドに完全復帰している。

旧メンバー

マイク・スミス(Mike Smith):ギター

元スノット(Snot)のギタリスト。ボーランド脱退後のアルバム第4作目の製作とそれに伴うツアーに参加。

DJ リーサル(DJ Lethal、1972年12月18日 - ):ターンテーブル

元ハウス・オブ・ペイン(House Of Pain)のサウンド・クリエイター。